蜘蛛くもの居いる沼ぬま

蜘蛛之沼

霜月しもつきはるか

• 今いまは昔むかし 古ふるき里さとの仇かたきを 追おい掛かけて幾千いくせん里り

  從前從前 為古村的仇追趕了幾千里

• 化ばけた蜘蛛くもの主ぬしを殺あやめ 毒どくに呪のろわれた躯からだ

  將妖化的蜘蛛之主殺害 被毒液詛咒的身軀

• 朧月おぼろづきに痛いたむ手脚てあし 見開みひらく眼まなこに闇やみ模様もよう

  朧月下疼痛的手腳 張開眼裡的是黑暗

• 吐はいた糸いとが息いきを止とめて 倒たおれた命いのちは絶たえる

  絲線無情 掠取無數生命

• 苦くるしみも恨うらみさえ断たたれて 御空みそらを仰あおのく

  痛苦也好憎恨也罷 僅仰望芎蒼

• 誰だれも訪おとずれぬ此この沼ぬまへ 羽はねが迷まよい込こみて

  徬徨翼羽 闖入于世遺忘之沼

• もしも 其その想おもいが 哀あわれな未練みれんが 君きみを縛しばるのならば

  如果 此思念是淒哀的留戀 將你束縛的話

• 倶ともに私わたしと逝いきましょうと云いう

  云述與我同去

• 妖あやかしの蝶ちょう 鮮あざやかな袖そでを振ふる

  神秘之蝶 振動鮮明之袖

• 刻ときは過すぎぬ 繋つなぎ蝶ちょうを 憎にくみて追おい掛かけて幾千いくせん里り

  時光飛逝 相繫之蝶追尋仇恨幾千里

• 「何なにを求もとめ 何なにを遺のこす?」問といに囚とらわれた御魂みたま

  「追求著什麼，遺落了什麼?」被困惑囚禁的靈魂

• 朧月おぼろづきは今いまも照てらす 静寂しじまに転ころがる亡骸なきがら

  現在也閃耀著朧月 靜默的滾滾亡骸

• 腐くさりながら骨ほねと化かせば やがては泥どろに交まじわる

  一面腐敗一面化作白骨 最終歸土

• 現うつつを択えるがため 届とどかぬ御空みそらに刃向はむかう

  為能正確的選擇 違背遙不可及的蒼芎

• 桜さくらの花はな散ちる 此この故郷こきょう(ばしょ)で 独ひとり目醒めざめるなら

  櫻花飄散之地 獨自夢醒

• いつか 死しを誘いざなう 優やさしき契ちぎりが 誰だれの救すくいと信しんじ

  不覺被死所吸引 溫柔的誓約 相信著誰能救贖

• 羽はねを集あつめし竹籠たけかご抱かかえる

  收集著羽翼 抱著竹筐

• 蜘蛛くもの眼めの蝶ちょう 白銀しろがねの罠わなを張はる

  蜘蛛眼中的蝴蝶 張開銀白色的陷阱

• 夜よるに耀かがやく蜘蛛くもの網いを飾かざる 空うつろ木きの名なを借かりて

  在夜晚裝飾著閃耀的蜘蛛網 藉著空木的名義

• 枯かれた野原のはらに 黄昏たそがれの街まちに 狂くるおしく咲さく

  在荒原與黃昏街道 錯亂的綻放

• されど 其その想おもいを 哀あわれな未練みれんを 嘆なげき続つづけるならば

  但是 此思念是淒哀的留戀 繼續哀嘆的話

• 千せんの祈いのりと灯あかしを弔とむらう

  悼念千聲祈禱與燈火

• 愛いとおしき蝶ちょう 艶あでやかな羽はねで舞まえ

  令人憐愛之蝶 舞動鮮豔羽翼